2018年12月25日

「家(うち)へ帰ろう」アルゼンチンからポーランドへ ナチス迫害から逃れた老人、恩人へ感謝を伝える旅

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 アルゼンチンの仕立て屋・アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)は88歳。自分を施設に入れようとする家族から逃れ、ポーランドへ旅に出る。70年前、ドイツによるホロコースト(大量虐殺)から救ってくれた親友に、自分で仕立てた「最後のスーツ」を渡すためだ。しかし、絶対にドイツを通りたくなかった。パリからポーランドへドイツを抜けずに列車で行けないか。四苦八苦するアブラハムを、旅の途中で出会った人たちが手助けする──。

 アルゼンチンからポーランドへのロードムービー。出演するのは「タンゴ」(98)のミゲル・アンヘル・ソラ、「シチリア! シチリア!」(09)のアンヘラ・モリーナ。監督、脚本は今回が長編2作目のハブロ・ソラルス。

 監督の祖父はポーランド生まれ。家族の中では「ポーランド」と口にすると沈黙が生まれ、禁句だった。監督の幼少期の記憶は、成長するに伴いポーランドへの探求心に変わっていく。

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 アブラハムの旅はトラブル続きとなり、行く先々で見知らぬ人々に助けられる。飛行機で隣に座った青年、マドリッドのホテルの女主人。「ドイツ」という言葉さえ口にしたくないアブラハムは、列車内の筆談で「ドイツを通りたくない」と伝えるが通じない。助けてくれたのは皮肉にもドイツ人の女性文化人類学者だった。妥協するアブラハムだったが、ドイツ人だらけの列車でストレスはピークに。ナチスの幻影まで見てしまう。

 ポーランドへの旅で、アブラハムの辛い過去はわずかに回想で描かれる。会いに行きたい親友は、ホロコーストから逃れ、廃人状態だったアブラハムを、家族の反対を押し切って救ってくれた。ずっと心の支えだったのだろう。戦時中にドイツに迫害されたユダヤ人の心は今も傷つき、恐怖は心の奥深くに入り込んでいる。

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 ナチス迫害の悲痛な過去を、他人に助けられて移動するロードムービーとして描く。アイデアが秀逸で、クライマックスは山田洋次監督「幸福の黄色いハンカチ」(77)を彷彿させる。万国共通の温かい幕引きが光る作品だ。

(文・藤枝正稔)

「家(うち)へ帰ろう」(2017年、スペイン・アルゼンチン)

監督:パブロ・ソラルス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ、アンヘラ・モリーナ、オルガ・ボラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー

2018年12月22日(土)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp/

作品写真:(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.

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2017年05月18日

「オリーブの樹は呼んでいる」祖父のために孫娘奮起 たった一人の無謀な挑戦

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 スペイン、バレンシア地方の小さな町カネット。20歳のアルマ(アンナ・カスティーリョ)は、気が強く扱いにくい女の子だ。オリーブ農園を営む祖父とは深い絆で結ばれていたが、祖父は何年も前に話すことをやめた。大切にしていた樹齢2000年のオリーブの樹を父が売ってしまったからだ。ついに食事もしなくなった祖父を見て、アルマは樹を取り戻す決意をする──。

 「オリーブの樹は呼んでいる」は「麦の穂をゆらす風」(08)、「わたしは、ダニエル・ブレイク」(16)でケン・ローチ監督とコンビを組むポール・ラヴァーティの脚本を、妻で女優のイシアル・ポジャインが監督したスペイン映画だ。

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 オリーブをめぐる祖父と孫娘の物語を知る前に、スペインの経済状況を理解する必要がある。不景気が続き、失業率は過去最高。建設業界の景気は低迷し、農家は自然を破壊して利益を得ているという。農園で育てられた樹齢1000年を超えるオリーブも、高値で売買されるありさまだ。

 作品に登場する農園も、景気悪化のあおりを受け、祖父のオリーブを手放さざるを得なくなる。家計は一時的に潤うものの、家族の絆は崩壊し、祖父はふさぎ込む。不仲な家族の現在をメーンにしながら、オリーブがあった平和なアルマの子供時代が回想される。

 アルマは樹木の仲介業者に樹を売った相手を聞き出す。樹はドイツの環境保護企業のシンボルとして使われ、会社のロビーに展示されていた。お金もコネもないアルマは、叔父のアーティチョーク(ハビエル・グティエレス)と同僚のラファ(ペップ・アンブロス)を丸め込み、大型トラックを会社から勝手に拝借。ドイツに向け無謀な旅に出る。

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 アルマの計画は周りの人々を巻き込み、SNSを通じて世の中に拡散され、大きな騒動に発展する。たった一人で挑戦する反骨精神は、ローチ監督の「わたしは、ダニエル・ブレイク」にも通じる。しかし、作家の目はシビアだ。困難を越えた末の安易な結末を示さず、厳しい現実を突きつける。

 スペインの現状を知らぬ身には、やや分かりづらい物語かもしれない。アルマの祖父へのまっすぐな思いが、壊れた家族の絆を修復する。現実を厳しくとらえた作品だ。

(文・藤枝正稔)

「オリーブの樹は呼んでいる」(2016年、スペイン)

監督:イシアル・ボジャイン
出演:アンナ・カスティーリョ、ハビエル・グティエレス、ペップ・アンブロス、マヌエル・クカラ

作品写真:(C)Morena Films SL-Match Factory Productions-El Olivo La Pelicula A.I.E
タグ:レビュー
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2017年01月05日

「ミューズ・アカデミー」美神とは何か 白熱する授業、豹変する女子学生

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 映画の世界でいうなら、ゴダールにとってのアンナ・カリーナ。アントニオーニにとってのモニカ・ヴィッティ。ベルイマンならば、ビビ・アンデションとリヴ・ウルマンだろうか。芸術家の創造にインスピレーションを及ぼす特別な女性のことを、ミューズ(美神)と呼ぶ。

 「ミューズ・アカデミー」は、古典文学の事例を引きながら、「現代におけるミューズ像の何たるか」を講じる大学教授と、聴講者である女子学生たちとの間に交わされるディスカッションを描く。白熱した議論の果て、教授と学生との関係が思わぬ形に変化していくプロセスが見どころだ。

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 詩人でもある教授は博学強記。初学者である女子大生たちは果敢に議論を挑むのだが、いとも簡単に論破されてしまう。学識が違いすぎ、勝負にならないのだ。完膚(かんぷ)なきまでに屈服させられた女子学生たちは、教授の仕掛ける見え透いたわなにやすやすと引っかかり、教授のミューズとして身も心も捧げていく――。

 代表作「シルビアのいる街で」(07)では、かつて愛した女性の面影を求めて街をさまよう青年を描いたホセ・ルイス・ゲリン監督。今回登場した大学教授も、女性への飽くなき執着心において、青年と重なり合っているように思えぬこともない。

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 「ミューズの伝説を実地で体験してみよう」と誘われ、自らミューズとなった気になり、あえなく陥落する女子学生。シャイで自信なさげに見えた彼女が、ふてぶてしい女へと豹変してしまう。教授の妻から呼び出されても、臆することなく対面し、情け容赦なく自らの優位を主張。教授夫人も負けずに「私が死んだら、彼は死ぬまで私のことをソネット(十四行詩)につづるのよ」と応戦する。

 思わず笑ってしまうほど露骨な女の戦い。だが、2人とも不実な教授を非難するどころか、彼の愛情をつゆ疑おうとしないのだ。この教授、相当なしたたか者のようである。高尚な文学論のはずが、いつのまにか下世話な恋の話へ。教授の語るミューズとは何だったのか。答えを探る道のりだ。

(文・沢宮亘理)

「ミューズ・アカデミー」(2015年、スペイン)

監督:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:ラファエレ・ピント、エマヌエラ・フォルゲッタ、ロサ・デロール・ムンス、ミレイア・イニエスタ、パトリシア・ヒル

2017年1月7日(土) 、東京都写真美術館ホールほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://mermaidfilms.co.jp/muse/


作品写真:(c)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS
タグ:レビュー
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2016年11月04日

「ジュリエッタ」ペドロ・アルモドバル監督最新作 引き裂かれた母娘、悲しみと余韻と

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 カナダ人作家アリス・マンローの短編小説を映画化した「ジュリエッタ」。「オール・アバウト・マイ・マザー」(98)、「トーク・トゥ・ハー」(02)、「ボルベール 帰郷」(06)の“女性賛歌3部作”で知られるスペインの巨匠、ペドロ・アルモドバル監督最新作だ。

 引き裂かれた母娘の悲しい関係を描く作品。過去と現在が交差して展開する。中年のジュリエッタ(エマ・スアレス)は、恋人と住み慣れたマドリードを去り、ポルトガルへ移住する準備を進めていた。ところが偶然街で娘アンティアの幼なじみに再会。12年途絶えた娘の消息を知る。

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 ジュリエッタは恋人と別れ、移住もキャンセル。封印していた忌まわしい過去と向き合うように、行方の知れぬ娘に向け、長い手紙を書き始める。

 30年前。臨時教師だった25歳のジュリエッタ(アドリアーナ・ウガルテ)は、夜行列車でハンサムな漁師ショアンに出会い、一夜の情熱的な関係を結ぶ。ショアンの手紙で彼が妻を病で亡くしたことを知り、ジュリエッタは再び彼と再会。二人は正式に結ばれ、娘アンティアが生まれる。

 しかし、幸せは続かなかった。アンティアが9歳の時、ジュリエッタはショアンの不倫を疑い口論に。そのままショアンは漁に出て帰らぬ人となってしまった。深い喪失感に苦しむジュリエッタ。精神を患い「娘こそすべて」と生きるが、18歳のアンティアは旅に出たまま行方知れずに。夫も娘も失い、ジュリエッタはすべてを忘れて生きようとする。

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 一人の女性の波乱に満ちた生涯を、過去と現在を交差させてミステリアスに描く。女性描写が得意なアルモドバル監督らしく情熱的な作品となった。ジュリエッタは旅先で出会ったショアンを追い、妻の座に収まる。娘の消息を聞けば恋人と別れ、再会に全力を尽くす。生命力あふれる女性だ。逆に男性は総じて生命力が弱い。ショアンは漁で命を落とし、中年ジュリエッタの恋人も捨てられる。 

 展開は皮肉だが幕引きに余韻が残る。離れ離れの母娘を通し、女性の悲しい性を掘り下げた作品だ。

(文・藤枝正稔)

「ジュリエッタ」(2016年、スペイン)

監督:ペドロ・アルモドバル
出演:エマ・スアレス、アドリアーナ・ウガルテ、ダニエル・グラオ、インマ・クエスタ、ダリオ・グランディネッティ

2016年11月5日(土)、新宿ピカデリーほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://julieta.jp/
タグ:レビュー
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2016年03月03日

「オートマタ」近未来の人工知能搭載ロボット“ルール”破った末に 

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 2044年、砂漠化が進んだ地球。生き残った人類2100万人は、人型ロボット・ピルグリム7000型(オートマタ)を開発した。人工知能を埋め込まれたオートマタは、巨大な防護壁の建設、人工的な雲を作る代替労働力として、生活に必要不可欠となっていた──。

 近未来の地球を描く「オートマタ」。過去のSF映画と同じ筋書きをたどる。リドリー・スコット監督「ブレードランナー」(82)同様、近未来都市の様子が描かれ、人間がロボットと共存するのは、アイザック・アシモフ原作を映画化した「アイ、ロボット」(04)と共通する。

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 オートマタにはルールが組み込まれている。「アイ、ロボット」でアシモフが作った「人間への安全性」、「命令への服従」、「自己防衛」に似ている。今回は「生命体に危害を加えてはいけない」、「ロボット自身で修理、改造をしてはいけない」だ。

 オートマタは肉体労働から家事、売春の相手まで、人間の生活に欠かせない存在となっている。ある日、製造元の調査員ヴォーガン(アントニオ・バンデラス)は、刑事ウォレス(ディラン・マクダーモット)が見つけた改造ロボットの調査に乗り出した。

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 改造されたロボットには自我が芽生え、進化する。自分の体を修理して、自分で最善の方法を判断し、行動するようになる。物語冒頭ではただの機械にしか見えなかったオートマタが、人間的な感情を持った存在に見えてくる。

 オートマタたちはやがて人間の争いに巻き込まれていく。アシモフ、スコットらが作ってきたルール、世界観をうまく引き継ぎ、今に再構築した近未来SFの佳作だ。

(文・藤枝正稔)

「オートマタ」(2013年、スペイン・ブルガリア)

監督:ガベ・イバニェス
出演:アントニオ・バンデラス、ビアギッテ・ヨート・スレンセン、メラニー・グリフィス、ディラン・マクダーモット、ロバート・フォスター

2016年3月5日(土)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://automata-movie.jp/

作品写真:(C)2013 AUTOMATA PRODCUTIONS.INC.

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