2013年01月20日

「アルマジロ」 人はいかに「戦争中毒」になるか アフガン最前線、若き兵士たちの変貌

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 人はいかにして「戦争中毒」になるか。

 デンマークのドキュメンタリー映画「アルマジロ」は、アフガニスタン最前線基地を舞台に、ごく普通の若き志願兵が暴力と殺りくに麻痺していく過程を追う。

 2009年。デンマークの空港で、アフガンへ派遣される新兵が家族や恋人と抱き合い、別れを惜しんでいる。まだあどけなさの残る一人が志願の理由を話す。「多くのことを学べる。大きな挑戦で、冒険でもあるよ」

 派兵先はアフガン南部の最前線基地「アルマジロ」。デンマーク部隊は英軍とともに、国際治安支援国(ISAF)として治安維持のため駐留していた。すぐ先までタリバンが迫り、いつ戦闘が起きてもおかしくない危険地域。しかし、周辺は一見のどかな農村地帯だ。着いてしばらくは退屈だった。日がな一日パトロール。兵士の一人はこぼす。「つまらない。撃ち合いがあれば違うのかな。早くジェットコースターに乗りたいよ」

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 撃ち合いは突然起きた。目に見えないタリバンの攻撃に、デンマーク兵はパニックになる。運び込まれる負傷兵。流れる血と飛び交う怒声。撃たれた兵士の目は見開かれ、瞳に恐怖が満ちている。戦闘が長引き、激化するにつれ、若い兵士の間に恐怖が充満する。

 しかし最も恐ろしいのは、兵士が死におびえるのと裏腹に、言葉はより過激になることだ。彼らは言う。「アフガンはすさんでいる。まともじゃない。部外者は俺たちをただの人殺しというだろうが、俺は正しいことをやった」「あいつら(タリバン)をガンガン殺しても、もう罪の意識とか感じないかもしれない。野良犬を殺したほうが罪悪感を覚えそうだ」

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 自らカメラをかついで前線を走り、遺書も書き置き撮影に臨んだヤヌス・メッツ監督。「実戦を経た兵士が戦場へ戻りたがる。まるで中毒だ。彼らはなぜ戦争へ行きたがるのか」。監督が戦場で見た姿はまるで“オオカミの群れ”だったという。

 「兵士たちは残虐行為の隠ぺいでも、背中合わせになって互いを守り合う。質問や疑念は押さえつけられ、軍を脅かす者は変り者とみられ、沈黙を強いられる。戦争とは、若者の内面に恐怖と興奮、黒い悪魔を呼び込むグレーゾーンだ」

 「アルマジロ」は戦争の現実を描くと同時に、人間のもろさを突き付ける。彼らは自分で人生を選択したと強調するが、大きな力で戦争中毒に「させられている」。挑戦や冒険と引き替えに、彼らが手放したものは何か。「戦争」の二文字がきなくさく飛び交う今、私たちの目をふさぐものは、いったい何だろうか。

(文・遠海安)

「アルマジロ」(2010年、デンマーク)

監督:ヤヌス・メッツ

1月19日、渋谷アップリンク、新宿K's cinemaほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.uplink.co.jp/armadillo/
タグ:レビュー
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2012年02月15日

「メランコリア」 ラース・フォン・トリアーが描く 世界最期の瞬間

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 ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」がオープニングに流れる。画面にはキルスティン・ダンストの顔のアップ。背後を何羽もの鳥たちが落下していく。野原でくずおれる馬、焼け落ちるブリューゲルの名画、逃げ惑う母と子、地球に接近する惑星……。終末をイメージさせる画像が次々とモンタージュされていく。これから起こる悲劇を予言するような、黙示録的プロローグである。

 ラース・フォン・トリアー監督の新作「メランコリア」は、地球が惑星の衝突を受け、消滅するまでの最後の日々を、クレアとジャスティンという姉妹の姿を通して描いた作品だ。

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 姉のクレア(シャルロット・ゲンズブール)は、実業家であるジョン(キーファー・サザーランド)と冷え切った夫婦生活を送っている。一人息子を生きがいとする地味な女性だ。一方、妹のジャスティン(キルスティン・ダンスト)は、広告業界の一線で活躍するコピーライター。クレアとは逆に派手な感じの女性である。

 映画の第1章「ジャスティン」は、ジャスティンが結婚披露宴の主賓として、姉夫婦の大邸宅に到着する場面から始まる。細く曲がりくねった野道をのろのろと進んでくるリムジン。2時間もの遅刻に、出迎えたクレアとジョンは不快感を隠さない。しかし、ジャスティンは少しも悪びれることなく、高いテンションのまま広間に姿を現す。

 新郎のマイケル(アレクサンダー・スカースガード)は資産家のようだが、どちらかというと凡庸な男。どう見てもジャスティンとは波長が合うとは思えず、前途多難を予感させる。

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 パーティは、子供じみた悪ふざけを繰り返すジャスティンの父親(ジョン・ハート)と、結婚を呪うスピーチで場を凍りつかせる母親(シャーロット・ランプリング)にかき乱される。すると、ジャスティンも少しずつ奇矯な言動をとり始める。異常さはどんどんエスカレートし、マイケルの忍耐力の限界を打ち破り、臨席した上司のメンツを粉砕する。

 第1章ではジャスティンの常軌を逸した行動と、人間関係の破壊が徹底的に描かれる。手持ちカメラならではの臨場感ある映像が、異様な光景を鮮やかに表現している。

 茶番と化した宴の後は、空っぽの大邸宅に残されたクレア夫妻と息子、そしてジャスティンが、惑星の急接近という試練を受けることになる。タイトルの「メランコリア(憂鬱)」とは、惑星の名前である。第2章「クレア」では、メランコリアの接近におびえるクレアと、冷静に受け入れようとするジャスティンが、対照的に描き出される。

 迫りくる死の恐怖を前に、人間はいかなる行動をとるのか。本作はその思考実験と言えるだろう。披露宴というハレの場ではトラブルメーカーだったジャスティンが、絶望的な状況にあっては平静さを保ち、むしろ世界の破滅を心待ちにしているように見えるところに、トリアー監督の人間観がうかがえて興味深い。「世界はいつか終わる」という終末思想に魅かれているというトリアー監督。ジャスティンはトリアー監督自身の投影なのかもしれない。

(文・沢宮亘理)

「メランコリア」(2011年、デンマーク・スウェーデン・フランス・ドイツ)

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:キルスティン・ダンスト、シャルロット・ゲンズブール、キーファー・サザーランド、アレクサンダー・スカースガード、シャーロット・ランプリング、ジョン・ハート、ウド・キアー

2月17日、TOHOシネマズ 渋谷、TOHOシネマズ みゆき座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://melancholia.jp/

作品写真:(c)2011 Zentropa Entertainments ApS27
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2011年02月21日

「アンチクライスト」 人の心にひそむ衝動 ラース・フォン・トリアー、過激に描く

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 心を病んだ妻と、妻の治療にあたるセラピストの夫。二人きりの息詰まる関係を、森の中の山小屋という隔離された空間の中に描いた「アンチクライスト」。2009年カンヌ国際映画祭で上映され、賛否両論を巻き起こした、ラース・フォン・トリアー監督の最新作である。

 オープニングで描かれるのは、妻が心を病むきっかけとなる事件である。自宅のアパートでセックスにふける夫と妻。快楽をむさぼるのに夢中な二人は、幼い息子がベビーベッドを脱け出すのに気づかない。あえぎ、もだえる妻の足がテーブルに当たり、置かれていた瓶が床に落下する。息子はテーブルに乗り移ると、窓辺へと歩み寄り、そのまま路上に転落死してしまう。

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 雪の降りしきる夜に起きた、救いのない悲惨なできごと。トリアー監督は、モノクロのスローモーション映像を用い、BGMにヘンデルのアリア「涙の流れるままに」を流すことで、オープニングの悲劇性を際立たせている。

 深い悲嘆と罪責の念は、妻の精神を狂わせる。入院して治療を受ける妻に回復の兆しが見られないことから、セラピストの夫は妻を退院させ、森の中の、彼らが“エデン”と呼ぶ山小屋で、自ら治療を行うことにする。

 しかし、妻はひたすらセックスを求めるばかり。症状はさらに悪化する。ある日、夫は息子の検死結果から、思いがけない事実を知ることになる。息子を愛していたはずの妻が、実は息子を虐待していた可能性があるのだ。夫がそのことを妻に確認しようとした瞬間、妻は夫に対し凶暴性をあらわにする――。

 カンヌの観客を絶賛派と否定派に二分した、激しい暴力描写、そして性描写。これほどまでに過激な表現によって、この映画が描き出そうとしているのは何なのか。タイトルの「アンチクライスト」が示すように、キリスト教的世界への異議申し立てだろうか。神への反発だろうか。人間の心にひそむアンチクライストとしての悪魔を見つめることだろうか。

 原題は「ANTI CHRIS♀」。Tを♀と表記していることで分かるように、映画の主役は明らかに妻の方である。妻の心に生じる錯乱や、性衝動、暴力衝動などに、映画のメッセージが刻まれているに違いない。それは恐らく人間性の深部に宿る何ものかにかかわることだろう。

 「キングダム」(94)、「イディオッツ」(98)、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(00)と、グロテスクなまでに露骨な描写で、社会の偽善を暴き、良識を打ち砕いていたトリアー監督。ところが、今世紀に入ってからは、作風がガラリと変わり、過激さは影をひそめ、不完全燃焼の感が否めなかった。「アンチクライスト」は、そんなトリアー監督が久々に自分らしさを取り戻した作品と言えるだろう。

(文・沢宮亘理)

「アンチクライスト」(2009年、デンマーク、独、仏、スウェーデン、伊、ポーランド)

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール

2月26日、新宿武蔵野館、シアター渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.antichrist.jp/

作品写真:(c)Zentropa Entertainments 2009
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