2021年12月27日

「ただ悪より救いたまえ」ファン・ジョンミン×イ・ジョンジェ 仁義なき犯罪アクション

1.jpg

 韓国国家情報院の元工作員・インナム(ファン・ジョンミン)は、東京での任務を最後に引退を決意する。ところが、元恋人がバンコクで暗殺され、その娘が行方不明と知る。インナムはバンコクに飛び、関係者を次々拷問にかけて娘の居所を突き止める。しかし、インナムに兄を殺された殺し屋のレイ(イ・ジョンジェ)も、復讐のためバンコクに降り立ち、死体の山を築きながらインナムを追っていた──。

 「アシュラ」(16)、「哭声 コクソン」(16)のファン・ジョンミンと、「新しき世界」(13)でジョンミンと義兄弟を演じたイ・ジョンジェが7年ぶりに共演。殺し屋同士が死闘を繰り広げる犯罪アクションだ。監督・脚本は「チェイサー」(08)、「悲しき獣」(10)、「殺人の告白」(12)の脚本を手掛け、「オフィス 織の中の群狼」(15)で監督デビューしたホン・ウォンチャン。監督2作目となる。

2.jpg

 東京から怒涛の負の連鎖が展開する。暴力団幹部・コレエダ(豊原功補)暗殺を最後の仕事と考えていたインナムだったが、コレエダを殺したことで弟のレイに狙われる。一方、バンコクではインナムの元恋人が殺され、二人の間にできた娘・ユミンが行方不明に。東京、韓国、バンコクと舞台を移しながら、インナムとレイの壮絶な戦いが描かれる。

 二人の死闘は「ターミネーター2」(91)に登場する正義と悪のターミネーターの戦いを思い出させる。目的達成に手段を選ばない正義のインナム。復讐のためタイ警察も巻き込み市街戦を起こす悪のレイ。二人は初めて出会った狭い廊下で、人間離れした戦いを見せる。「ターミネーター2」を見るような既視感がある。

3.jpg

 それにしても今も韓国犯罪アクションは凄い。完全にリミッターが外れた状態だ。格闘や暴力、銃にカーアクション。すべて超一流で予測の一歩先を行く演出にしびれる。

 主演の二人の演技も素晴らしい。ファン・ジョンミンは「国際市場で逢いましょう」(14)の優しい父親役、「アシュラ」の極悪市長、今回のアクションを多用した暗殺者まで柔軟に演じてしまう。対するイ・ジョンジェも凄い。スマートな二枚目の印象をかなぐり捨て、血しぶきを浴び、狂った殺し屋に成り切った。二人の役作りに圧倒される。バンコクでインナムを手助けするトランスジェンダーのユイを演じたパク・ジョンミンも、物語の重要なアクセントとなった。日本から豊原功補と白竜が少ない出演ながら、存在感ある演技で魅了する。

 インナムの娘は子供を狙った人身売買組織に捕えられ、最終的に臓器売買の標的になる。アジア社会の闇が取り入れられてた点もポイントだ。東京とバンコクの大々的なロケ撮影も見どころ。切れ味鋭い秀作だ。

(文・藤枝正稔)

「ただ悪より救いたまえ」(2020年、韓国)

監督:ホン・ウォンチャン
出演:ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、パク・ジョンミン、オ・デファン、チェ・ヒソ、白竜、豊原功補

2021年12月24日(金)、シネマート新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで、

https://tadaaku.com/

作品写真:(C)2020 CJ ENM CORPORATION, HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED
posted by 映画の森 at 14:58 | Comment(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月21日

第34回東京国際映画祭を振り返って 

 2021年も残すところ10日を切った。年の瀬に日本を代表する映画祭として秋に開催された第34回東京国際映画祭(TIFF)を振り返りたい。今年はメーン会場を六本木から銀座周辺へ移し、審査員長に仏女優、イザベル・ユペールを迎えて開催された。

 2021年に完成した作品を対象に、世界15作品が競った「コンペティション」部門。アジアの新鋭監督の作品を世界に先駆けて上映する「アジアの未来」部門。世界の映画祭で注目された話題作、日本公開未定作を紹介する「ワールド・フォーカス」部門など、世界中から良作が集まった。

 例年各国から監督、出演者らを招いて開催されてきたが、今年は新型コロナウイルスの影響で来日が難しい状況。授賞式などイベントも海外からリモート出演してもらう形で開かれた。上映作の中から、私が鑑賞できた各賞受賞作と、印象に残った作品を紹介したい。

<コンペティション>
・東京グランプリ/東京都知事賞
「ヴェラは海の夢を見る」(コソボ、北マケドニア、アルバニア)
監督:カルトリナ・クラスニチ
ヴェラは海の夢を見る.jpg

 夫が突然自殺した後、ヴェラは自宅が夫が賭博で作った借金の抵当に入っていたと知る。利権と汚職まみれの男社会に翻弄されるヴェラをシビアな視点で力強く描く。一方、厳しい現実から逃避するように、夢の中で海を生き生きと泳ぐヴェラが作品にコントラストを与えた。

・最優秀女優賞「もうひとりのトム」(メキシコ、アメリカ)
主演フリア・チャベス
もうひとりのトム.jpg

 ADHD(注意欠如・多動症)の息子を育てるシングルマザーを描いた作品。薬物治療を勧める医師と拒否する母の行動が波紋を呼ぶ。母を演じたチャベスの自然体の演技に共感した。

<アジアの未来>
・作品賞「世界、北半球」(イラン)
監督:ホセイン・テヘラニ
世界、北半球.jpg
 父を亡くし一家の働き手として鳩を売る14歳の少年。母の借りた農地から人骨が発見されたり、若い主人公の姉の結婚問題など、イランの文化や風習を知ることで理解が深まる。

 惜しくも受賞を逃した中で私のおすすめは、コンペティション部門に出品された中国映画「一人と四人」(ジグメ・ティンレー監督)だ。密猟が横行する雪山の管理人と、次々と現れる男たちのだまし合い。警官を名乗る男、同郷のチベット人……誰が密猟者なのか。管理人の疑心暗鬼が始まる。芥川龍之介原作、黒澤明監督作「羅生門」(50)のような多層構造。クエンティン・タランティーノ監督の影響も感じた。

一人と四人.jpg

 また、「TIFFシリーズ」で上映された日本映画「フォークロア2:あの風が吹いた日」は、松田聖子の監督デビュー作。女子高生と人気歌手の淡い恋をホラーテイストで描いた。少女漫画の実写化のような甘い展開だったが、最終的に観客を感動させた。エンターテインメントを知り尽くした松田だからこそなせる演出だった。

 会場が変わって各上映会場が離れ、移動が大変になったが、今年も良作を楽しめた。来年も世界の素晴らしい作品との出会いに期待したい。

(文・藤枝正稔)

作品写真:
「ヴェラは海の夢を見る」(C)Copyright 2020 PUNTORIA KREATIVE ISSTRA | ISSTRA CREATIVE FACTORY
「もうひとりのトム」(C)Buenaventura Producciones S.A. de C.V.
「一人と四人」(C)Mani Stone Pictures
posted by 映画の森 at 11:05 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月17日

「POP!」大人と子どもの間 着眼点が光るシュールな世界

1.jpg

 地方テレビ局のチャリティー番組に出演する19歳の柏倉リン(小野莉奈)。ハート型のかぶりものを着けて「世界平和」を訴え、募金を呼び掛けるものの、職場では疎外感を感じていた。周りの大人たちと打ち解けられず、一人暮らしの話し相手はAI(人工知能)スピーカー。社会に対する違和感に気づいたリンのモヤモヤは蓄積する──。

 インディーズ(独立系)映画のミューズ・小野莉奈主演、監督、脚本、編集に新鋭・小村昌士、音楽はAru-2が務めたシニカル・コメディー。第16回大阪アジアン映画祭に出品された。

2.jpg

 孤独な19歳が、大人と子どもの狭間で感じる複雑な思いを、極端な形で描いている。映画はリンが17歳で受けたオーディションで幕を開ける。拳銃で撃たれ、なかなか死なない粘った演技をするが、審査員はそのしつこさに激怒する。見た目は大人、中身は子どものリンの疎外感と孤独をうまく表現している。

 馬鹿正直でピュア、融通のきかないリンは、周りに溶け込めずにいる。野外駐車場で監視員のバイトをする時は、誰もいないのにルールに従い声を張り上げたり、ガラガラなのに客に停める場所を支持して困らせたり。はたから見るとかなり「痛い」のだが、本人は真面目に働いているだけなのだ。

3.jpg

 そんなある日、リンは地元を騒がせる連続爆弾魔を目撃する。しかし、なぜか爆弾魔の手書きマスク、付けひげにシンパシーを感じるリン。過去の爆破場所を確認すると、ある秘密が隠されていることに気づく。
 
 インディーズ映画らしい着眼点と、シュールな演出がうまく合わさり、Aru-2の軽快なビートに乗ってシニカルな世界が広がる。リン役の小野は計算された演技で、存在感が際立つ。大人になり切れない「大きな子どもたち」も納得する楽しい作品だ。

(文・藤枝正稔)

「POP!」(2021年、日本)

監督:小村昌士
出演:小野莉奈、三河悠冴、小林且弥、野村麻純、菊田倫行、木口健太、成瀬美希、中川晴樹

2021年12月17日(金)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://idod.jp/

作品写真:(C)2G FILM

posted by 映画の森 at 09:46 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月30日

「彼女が好きなものは」ゲイと腐女子の出会い 偏見から共感へ

1.jpg

 高校生の安藤純(神尾楓珠)はゲイであることを隠している。ある日、書店で同級生の三浦紗枝(山田杏奈)が、男同士の恋愛をテーマとしたBL(ボーイズラブ)漫画を購入しているところに遭遇。紗枝からBL好きを「誰にも言わないで」と口止めされ、そこから2人は急接近。しばらくして純は紗枝から告白される──。

 2019年に「腐女子、うっかりゲイに告(こく)る。」のタイトルでテレビドラマ化された、浅原ナオトの小説「彼女か好きなものはホモであって僕ではない」を映画化した。監督・脚本は「からっぽ」(12)、「にがくてあまい」(16)の草野翔吾。

2.jpg

 世界は今、多様性を高める流れにある。最近のLGBTQ(性的マイノリティー)を描いた映画には、英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーに焦点を当てた「ボヘミアン・ラプソディー」(18)、草g剛主演の「ミッドナイトスワン」(20)などがある。時代の流れに乗るような「彼女が好きなものは」は、ゲイの男子とBLを愛する女子の交際で生まれる波紋を描く。

 純は同性愛者であることを母親、幼なじみ、友人らに隠し、妻子ある年上の誠(今井翼)と付き合っている。一方、紗枝は「ゲイはファンタジー」と考える腐女子だ。交わるはずのない二人が出会い、起きたさざ波は大きくなり、学校全体を巻き込む大騒動に発展する。

3.jpg

 純と誠の男同士のなまめかしいラブシーンから始まり、面食らう観客も多いかもしれない。しかし、性的アイデンティティーをめぐり悩み苦しむ純に、一度は拒否反応を見せた紗枝が、ある出来事を通して理解しようと変わる姿を見るうち、偏見は共感へ変化していく。監督は微妙な部分を丁寧に掘り下げ、問題から真正面から取り組んだ。

 映画初主演の神尾は、難役を繊細に演じ切った。喜怒哀楽豊かな山田の演技もいい。アイドル出身の今井が、大人になった様子も感慨深かった。青春映画らしい軽いタッチで幕を開け、次第にデリケートなテーマに移行。問題を提起しつつ観客の理解を引き出した。純がSNSで知り合った友人のせつないサイドストーリーも秀逸。難しいテーマながら、バランス感覚に優れた秀作だ。

(文・藤枝正稔)

「彼女が好きなものは」(2021年、日本)

監督:草野翔吾
出演:神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦りょう太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼

2021年12月3日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://kanosuki.jp/

作品写真:(C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会

posted by 映画の森 at 10:28 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月19日

「モスル あるSWAT部隊の戦い」荒廃したイラク 果てなきISとの死闘

1.jpg

 イラク第2の都市モスル。かつては文化の中心だったが、長引く紛争ですっかり荒廃していた。21歳の新人警官カーワ(アダム・ベッサ)は、イスラム過激派組織「IS」に襲われているところを、あるSWAT(特殊部隊)に救われる。部隊を率いるジャーセム少佐(スヘール・ダッバーシ)は、ISに身内を殺されたカーワを部隊に引き入れる──。

 原作は米誌「ザ・ニューヨーカー」の記事。「アベンジャーズ」シリーズの「インフィニティ・ウォー」(18)、「エンドゲーム」(19)を監督したルッソ兄弟が製作を担当。「ワールド・ウォーZ」(13)の脚本家、マシュー・マイケル・カーナハンが初メガホンを取った。

2.jpg

 人気のないモスルの空撮映像で幕を開け、一転、街中でISと銃撃戦するカーワらが映し出される。絶体絶命のカーワを救ったのは、駆け付けたSWATだった。隊員たちはISに家族を奪われ、本部命令を無視して独自に動いていた。カーワはジャーセム少佐にSWATへ入れられるが、任務が何かは教えてもらえなかった。

 荒廃した都市モスルをめぐって、ISとSWATの果てなき市街戦が展開。観客は戦闘地帯となったモスルに放り込まれる。建物に籠城する警官への容赦ないISの攻撃。嵐のような銃撃、爆撃音。観客の心拍数は極限まで跳ね上がる。カーワとともに戦場を駆け抜け、観客はSWATの任務の実態を目撃する。

3.jpg

 仲間の裏切り、車爆弾、ドローン攻撃、仕掛け爆弾。敵を殺すためには手段を選ばぬISを相手に、SWAT隊員は次々と命を落としていく。部隊の武骨な父親的存在であるジャーセム少佐を追い、最後に隊員たちが知った任務は予想外のものだった。

 カーナハン監督はかつて、サウジアラビアを舞台にテロと戦うFBI(米連邦捜査局)を描いた「キングダム 見えざる敵」(07)で脚本を担当した。骨太なドラマを描いた人だけに、今回も緩急つけた語りと迫力ある戦闘シーンを繰り出し、初監督作品とは思えない仕事ぶりだ。

 監督は脚本で観客の一歩先を行きながら、謎の任務を意外な形で明かしていく。冒頭からの緊張感から解放され、迎えたその答えは思わぬもので、感動が時間とともにじわじわこみ上げる。巧みな演出に大器の片鱗を感じる。世界情勢を垣間見るためにも、見るべき骨太な戦争映画だ。

(文・藤枝正稔)

「モスル あるSWAT部隊の戦い」(2019年、米)

監督:マシュー・マイケル・カーナハン
出演:ヘール・ダッバーシ、アダム・ベッサ、イスハーク・エリヤス、クタイバ・アブデル=ハック

2021年11月19日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://mosul-movie.jp/

作品写真:(C)2020 Picnic Global LLC. All Rights Reserved.

posted by 映画の森 at 15:33 | Comment(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする