2021年04月25日

「愛のコリーダ」大島渚監督が描く究極の愛 「芸術か、わいせつか」で大論争に 

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 日本を代表する映画監督の一人、大島渚監督。「戦場のメリークリスマス」(83)に続き、「愛のコリーダ」(76)もデジタル修復され、30日から再公開される。

 「愛のコリーダ」(76)は、昭和11年(1936年)に起きたいわゆる「阿部定事件」をモチーフに、男女の究極の愛を描いた作品。東京・中野の料亭の仲居・定(松田英子)は、店の主人の吉蔵(藤竜也)に一目ぼれする。妻のある吉蔵も定にほれ、二人は駆け落ち。待合(貸座敷)を転々としながら昼夜を問わず求め合う。やがて行為はどんどん過激になり、ついに定は吉蔵を独占しようと包丁を手にする──。

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 阿部定による情夫の殺害事件。つまり定が男性器を切り取る性愛を描き、「芸術」か「わいせつ」で大論争を招いた。当時の日本はヘアも解禁されておらず、ぼかしを入れて公開されたものの、場面写真を掲載した書籍をめぐり裁判が起きたほどだ。

 話題が先行する形で映画は大ヒットし、米作曲家クインシー・ジョーンズがカバーした楽曲「愛のコリーダ」も注目された。作品は見たことがないが、題名は知っている人も多いだろう。

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 「阿部定事件」は「愛のコリーダ」以前にも映像化されている。東映のオムニバス映画「明治大正昭和 猟奇女犯罪史」(69)の1編は、存命だった阿部定本人が街頭でインタビューを受けるシーンがある。さらに日活ロマンポルノ「実録 阿部定」(75)、大林宜彦監督「SADA」(89)など、たびたび映像化されてきた。

 「愛のコリーダ」は、定と吉蔵の出会い、不倫、旅館に引きこもっての愛欲生活が大胆な性描写とともに描かれる。作中何度も登場する性交場面に目が行きがちだが、松田と藤の存在感が光る。性にどん欲で行為をエスカレートさせる松田の体当たり演技。色気を漂わせ、余裕を見せながら受ける藤がうまい。大胆な性描写の合間に、時おり見せる情緒豊かな演出。一歩間違えばきわものになった作品を、大島監督は芸術の域に引き上げた。

 今回のデジタル2K修復では、ぼかしを新たに入れ直し、映像は色乗りがいい。「赤」が際立ち「黒」が引き締まり、シャープになって蘇った。2023年に大島渚監督作は国立機関に収蔵される予定で、今回が最後の大規模上映になる。

(文・藤枝正稔)

「愛のコリーダ」(1976年、日・仏)

監督:大島渚
出演:藤竜也、松田英子、松廼家喜久平、小山明子

2021年4月30日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://oshima2021.com/

作品写真:(C)大島渚プロダクション

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2021年04月18日

「戦場のメリークリスマス」4K修復版 大島渚監督の代表作 ボウイ・たけし・坂本が異色のアンサンブル

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 日本を代表する映画監督の一人、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」(83)、「愛のコリーダ」(76)がこのほどデジタル修復され、再公開が始まった。
 
 「戦場のメリークリスマス」は1942年、インドネシア・ジャワ島の日本軍俘虜収容所が舞台。軍属が俘虜(捕虜)を犯した事件の処理にあたった粗暴なハラ軍曹(ビートたけし)と、英国人俘虜ロレンス大佐(トム・コンティ)は、東洋と西洋の価値観を語り合ううちに、奇妙な友情で結ばれるようになる。一方、武士道精神を重んじる所長のヨノイ大尉(坂本龍一)は、英国人俘虜のセリアズ少佐(デビッド・ボウイ)の魔性というべき美しさに心を奪われ葛藤する。収容所に波乱を巻き起こすセリアズは禍(わざわい)の神なのか──。

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 原作はローレンス・バン・デル・ポストの俘虜体験記「影の獄にて」。オール海外ロケで国際的なキャストを迎え、戦闘シーンのない戦争映画となっている。大島にとって異色作だ。カンヌ国際映画祭では最高賞・パルムドールを逃したが、日本国内で大ヒットした。魅力はなんといってもキャスティングだ。

 1980年代に漫才ブームをけん引したビートたけし。音楽グループ「YMO」で人気を博したミュージシャンの坂本龍一。英ロックスターのデビッド・ボウイ。3人の1人でも欠けたら作品は成功しなかった。今は大御所になった坂本は、映画音楽に初挑戦している。テーマ曲はあまりにも有名になり、シンセサイザーを駆使してオリエンタルな香りのする音楽を作り上げた。ミニマルな音を積み重ねて大きなうねりを作り出し、製作された83年当時の映画音楽とは全く違うアプローチ。素晴らしいスコアだ。

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 戦争映画の形をとりながら、同性愛を大胆に取り入れ、軍属と俘虜の心の揺れと友情を描いた。自分たちの行動が「正しい」と突き進む日本兵の誤った姿、「腹切り」を美学と考えていた日本人の思想。戦争の矛盾を示しているが、時代背景の説明を排除したことで、戦争を知らない世代には分かりづらいかもしれない。

 たけし、坂本、ボウイのアンサンブルは、プロの俳優とは一味違う魅力を放つ。坂本の楽曲も心に残る。内田裕也、ジョニー大倉、室田日出男、戸浦六宏に加え、若き日の内藤剛志も出演。2023年に大島渚監督作は国立機関に収蔵される予定で、今回が最後の大規模上映になるという。4Kデジタル修復で美しく蘇った「戦場のメリークリスマス」。必見だ。

(文・藤枝正稔)

「戦場のメリークリスマス」(1983年、日・英・ニュージーランド)

監督:大島渚
出演:デビッド・ボウイ、トム・コンティ、坂本龍一、ビートたけし、ジャック・トンプソン、ジョニー大倉、内田裕也、三上寛、室田日出男、戸浦六宏、金田龍之介、内藤剛志

2021年4月16日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://oshima2021.com/

作品写真:(C)大島渚プロダクション
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2021年03月17日

特集上映「映画で見る現代チベット」開催中 ペマ・ツェテン監督作など7作品上映

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 チベット映画特集上映「映画で見る現代チベット」が、東京・岩波ホールで開催されている。「草原の河」(15)、「巡礼の約束」(18)のソンタルジャ監督最新作「ラモとガベ(原題)」(19)を日本初上映するほか、ペマ・ツェテン監督の「タルロ」(15)など7作品を一挙上映。同ホールで4月2日まで開催後、全国巡回上映される。

 最新作「羊飼いと風船」(19)が日本公開中のペマ・ツェテン監督作品は、劇場未公開の「タルロ」、「オールド・ドッグ」(11)を上映。ソンタルジャ監督は「ラモとガベ(原題)」、「巡礼の約束」、「草原の河」、「陽に灼けた道」(11、日本劇場未公開)の4作品。さらに、中国で約300万人を動員したチャン・ヤン監督のロードムービー「ラサへの歩き方 祈りの2400km」(15)も上映する。

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 3月13日にはソンタルジャ監督がオンラインで観客との質疑応答に参加。20日にはソンタルジャ監督作品の字幕を翻訳した松尾みゆき氏のトークショーも予定されている。

 主催の映画配給会社・ムヴィオラは「『失われていく伝統』や『共同体と個人』は現代チベット映画に欠かせないテーマ。さらに『日常を支えるチベット仏教』、『女性と子ども』などの切り口でチベット社会を見つめ、映画人と映画の歩みを考えたい」としている。

(文・遠海安)

チベット映画特集上映「映画で見る現代チベット」は4月2日(金)まで東京・岩波ホールで開催後、全国巡回上映。作品の詳細や上映スケジュールは公式サイトまで。

http://moviola.jp/tibet2021/?fbclid=IwAR1EzRff_usij0Afh31sDCWqw-6N-azf34HarXcIZhTKsvlkJBCYIP_NC1g

作品写真:
「ラモとガベ(原題)」(c)GARUDA FILM
「タルロ」(c)Mani Stone Pictures

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2021年03月15日

「すくってごらん」左遷でどん底のエリート 金魚すくいで救われる人生

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 東京から田舎へ左遷された大手銀行員・香芝誠(尾上松也)は、金魚すくい店を営む吉乃(百田夏菜子)と運命的に出会う。ネガティブ思考の香芝は心を閉ざし、仕事に専念しようとするが、吉乃が気になって仕方がない。しかし吉乃は幼なじみの王寺昇(柿澤勇人)を想い、ある秘密を抱えていた。一方、女優の夢破れて地元のカフェで働く明日香(石田ニコル)は、香芝に一目ぼれする──。

 大谷紀子原作の同名漫画を実写化で、監督は「ボクは坊さん。」(15)で劇場長編デビューした真壁幸紀。漫画の実写化映画には、原作の世界観を忠実に映像化した作品と、今回のように大胆に脚色した作品の二通りある。「すくってごらん」はミュージカルふうの歌とダンス、百田のピアノによる吉乃の感情表現など、実写ならではのアプローチがとられた。宣伝コピーに「新感覚ポップエンターテインメント」とある。

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 歌舞伎界のホープ・尾上演じる香芝が、不似合いなスーツに眼鏡で田舎道に登場するシーンで映画は幕を開ける。道に迷った香芝は通りかかった親切な金魚売りの車に乗せられ、観客は香芝とともに不思議な世界に迷い込む。突然、心境を吐露するように歌い出す香芝。一筋縄ではいかぬ作品と匂わせ、攻めた演出が際立つ。

 目指す町に着いた香芝は、目に入った浴衣の美女の後を追う。着いた先は、浴衣の美女が踊る狭い通路。美女が走ったところに道ができ、金魚すくい店「紅燈屋」にたどり着く。「不思議な国のアリス」のような導入でドラマが始まり、演出は漫画の世界を越えていく。 

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 金魚すくいの「すくい」を「救い」にかけたテーマが隠されている。エリートだった香芝が左遷で人生どん底となり、金魚すくいと町の人たちとの交流を通じ、ネガティブな自分を見つめ直し、前向きに歩き出す。凛々しい姿がテーマを象徴する。

 個性的なキャストもポイントだ。映画初主演の尾上は演技と歌で存在感を示し、映画初ヒロインの百田は大人の演技とピアノで「ももクロ」と違う一面を見せる。劇団四季出身の柿澤は歌、ダンス、ピアノと芸達者ぶりを披露。石田はギターの弾き語りとミュージカル経験を生かしている。監督はキャストの新たな一面を引き出しながら、歌やダンス、テロップを多用して「新感覚ポップエンターテインメント」に仕立てた。

(文・藤枝正稔)

「すくってごらん」(2021年、日本)

監督:真壁幸紀
出演:尾上松也、百田夏菜子、柿澤勇人、石田ニコル

2021年3月12日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://sukuttegoran.com/

作品写真:(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社

posted by 映画の森 at 17:06 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ビバリウム」住宅地から出られない 着眼点が光る不条理スリラー

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 新居を探す若いカップルのトム(ジェシー・アイゼンバーグ)とジェマ(イモージェン・プーツ)は、ふと足を踏み入れた不動産屋で、同じ家が立ち並ぶ住宅地「ヨンダー」を紹介される。内見を終えて帰ろうとすると、案内していた不動産屋が見当たらない。不安を感じて帰ろうと車を走らせるが、どこまで行っても景色は変わらず、住宅地から抜け出せなくなる──。

 「ソーシャル・ネットワーク」(10)のジェシー・アイゼンバーグと「グリーンルーム」(15)のイモージェン・ブーツが共演した不条理スリラー。監督はアイルランド出身のロルカン・フィネガン。ブーツは「第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭」で最優秀女優賞を受賞した。

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 幕開けはカッコウの托卵映像だ。ほかの鳥の巣に産卵し、ひなは宿主の卵を巣から落とし、宿主から餌をもらって育つ。意味深な映像に導かれてドラマが始まる。米ドラマ「トワイライト・ゾーン」、日本のドラマ「世にも奇妙な物語」に通じる奇妙な作風。着眼点が面白い。幸せの象徴とされる家族の「マイホーム探し」を逆手に取り、住宅ローンにとらわれる悲劇と考える。展開はどこまでも不条理だ。

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 住宅地に閉じ込められた二人に、段ボール箱で男の赤ちゃんが届く。赤ちゃんはわずか98日間で7歳ぐらいに成長するが、ひと癖もふた癖にあるとんでもない子なのだ。二人が自分を育てて当たり前と考え、気に入らないことが起きると、超音波のような絶叫で抗議する。ものまねが得意で、二人の言葉や行動をコピー。扉越しに二人を監視し、夜な夜なテレビで不思議な動画を見る。脱出不能の住宅地と謎の男の子。二人は精神的に追い詰められ、トムは「地中に何かある」と玄関横で穴掘りを始める。

 「ビバリウム」の意味は「生存環境を再現した空間」。カッコウの托卵映像が暗示した通り、新興住宅地を再現した空間に若い二人が誘い込まれる。何者が地球侵略を計画しているのだが、その正体は描かれず、観客の判断に委ねられる。

 住宅地は日常の延長にあるように見えるものの、マグリットの絵画「光の帝国」に触発された人工的建造物に矛盾が見え隠れする。クライマックスの仕掛けは、最近見た作品では抜群の視覚的ショックだ。終わりのない不気味なドラマは独特の後味の悪さが残る。資本主義を皮肉ったブラックな味わいで、長く後を引く不条理スリラーだ。

(文・藤枝正稔)

「ビバリウム」(2019年、ベルギー・デンマーク・アイルランド)

監督:ロルカン・フィネガン
出演:イモージェン・プーツ、ジェシー・アイゼンバーグ、ジェシー・アイゼンバーグ、ジョナサン・アリス

2021年3月12日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://vivarium.jp/

作品写真:(C)Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film



posted by 映画の森 at 10:56 | Comment(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする